AERAの"就活が壊れる"という特集を読んで

僕がこれから書く内容は、就活がまだリアルじゃないやつの戯れ言なのかもしれない。

AERAの08.3.31号に"「就活」が壊れる"という特集が組まれていた。内容としては、4年生が就活でいなくて授業が成り立たないとか、3年から始まる就活が大学教育の妨げになっているとか、そういう感じ。4月で3年になり、半年後ぐらいに就活を始める身としては見逃せない内容だった。

そういえば、2年になってすぐのゼミで先輩が何かと就活の話を持ち出すことになんだかなーって思ったことを思い出した。今なら何となくそれも分かる気がしてしまう。当時は、大学は就職のための準備期間じゃねーんだよとか思ってた。AERAに載ってる一橋3年の男子学生の「まじめに学問を追究する人は、大学院へ行けばいい。4年で就職する学生にとって、大学は、ある種のツールですよ」っていう意見が印象的だった。そりゃないだろうよと。大学ってそんなとこなのかー。

僕は不真面目大学生なのでお前が言うなって言われそうだけど、まじめに勉強する最後の期間がある種のツールなんて言われてしまうことがなんか寂しい。もっと青臭く端から見れば無意味なことを議論してる場が大学だと思ってたよ。実際には、意味ありげなものしか大学には無い。意味ありげでいながら、数年間かもしくは数ヶ月しか意味をなさないような言葉とかスキルとかそういうのばっかり。そういうのに抗うつもりだったけど、僕も結局流されてしまってる。

でも、最近は将来自分がやりたいことの輪郭が何となく見えてきて、楽しくなってきてる。何かやりたいことがあるのとないのとではやっぱり色々大きく違う。別に俺も何か成し遂げたわけでは全然ないから大きいことは言えないけど、見つかってない人は頑張って見つけてくれって思う。どうやって見つけていいのか分からないっていうのはよく分かる。でも分からないからって何もしないってのは、違うと思うんだ。何かをしなきゃ見つからない。何かやってりゃ何か見つかる。やってみたものが例え嫌いだったとしても、それが嫌いなんだって分かったんだからいいじゃん。選択肢が一つ減ったんだから。こんだけ選択肢の多い世の中なんだから、選択肢が増えるより減る方が都合がいいよ。

って結局は全然関係のない話に移ってしまったけど、最後にAERAの記事からもう一つだけ気になったところを抜粋するよ。

ある広告会社の面接で、こんな志望動機を語った女子学生がいた。
「祖父が商売をしていました。売れ行きが芳しくなかったのですが、看板にちょっと言葉を書き足したら売れるようになった。これが、広告のすごさを実感した原体験です」
そんなうまい話があるのか、とピンときた担当者が本当なのかと問いつめると、案の定作り話だった。責められながらも、彼女は正直に本当の志望動機を話した。
「将来の目標である起業に備え、数年のうちでできるだけ多くの企業を見てみたい。そのために広告会社を志望した」
この担当者は「A」で通過させたという。